会社概要

1,一国の将来は教育の在り方にかかっている。 

どんなに優れた国であってもその時の政治家、官僚、教育者、大人の子供への教育の在り方によって、ますます隆盛し、或い は衰退する。我らが日本の栄枯盛衰もまさにそうであった。 1人の天才、或いは1人の英雄が一国の有様を決めるものではない。もしそのように見えることがあっても、国民一人一人の 資質と教養がそのベースにあった。

2.江戸時代の寺子屋の在り方が明治の日本の発展を支えた。
 
江戸時代の子供教育は藩校と寺子屋の2つの教育体制で成り立っていた。その中の寺子屋は貧しい武士、農民、商工業者の子弟 が受けていたのだが、教育内容は読み書き・算盤であった。 

読み書き・算盤とは、具体的には論語の素読・暗記・清書と足し算・引き算・掛け算・割り算を繰り返すことであった。それは 別の表現をすれば、「暗記」することと「数で遊ぶ」事であったと言っても良い。暗記することを訓練するのが教育にとってい かに重要であるかは、実は今日あまり重要視されていない。明治時代に欧米に留学した多くの日本人が、外国語を早期に学び外 国語で勉強し、優秀な成績を収めることができたのは、寺子屋の教育システムのおかげであった。 

また、寺子屋の算術の教育は、今日「公文式」という塾が同じことを実行している。この公文式で学んだ生徒と学んでいない生徒 の数学の学力差は歴然としている。 

今日の教育で教育委員会も教師も強制できていない「暗記」と「数字遊び」は、実は教育・教養の基本中の基本なのである。今 日の教育制度で脱落し、成績が1,2,3の生徒たちに対し、日本の教育者たちはほとんど対策を立てられていないのである。
 
3.森田義塾設立の意義と役割 

今日の日本の塾はほぼすべて受験塾である。子供達の立身出世を願望する世の親達をターゲットにして成長してきた。 従って、すべての塾が学校教育の理念と教育内容に対し、敵対的とならざるを得なくなっている。 

森田義塾は、これらの進学塾と一線を画し、全く違う塾として創設する。授業がわからない、授業が面白くない、結果として成 績の芳しくない中学生の底上げを実現する塾を作る。「落ちこぼれ」ようとしている生徒に勉強の楽しさを教えたい。そして自 立させたい。授業の内容を理解できない生徒を1人でも無くしたい。大袈裟かもしれないが、中学生の底上げこそ日本の将来を 明るくするものと信じる。
 
森田義塾は中学生の底上げのための魁となりたい。

4.森田義塾が目指すもの

今日の中学生に対する教育は「上から目線」である。 
私はこの上から目線の教育観を変えなければならないと考えている。教育観に於いて、その目線をはじめから個々の生徒におき、 そこから考えて行く必要がある。個々の生徒に密着した塾を目指したい。

5.古賀市から始まる森田義塾 

森田義塾は、まずは古賀市在住の中学生を対象に開設します。古賀市の中学生の底上げを実現したい。教師が成績表を作る時驚 くほどの向上を実現したい。それは努力と工夫で可能であると信じる。 

古賀市で成功させて、やがて全国の中学校の門前に森田義塾を展開したい。また、森田義塾の設立趣意に賛同した人々を全国で 募集したい。今の日本には私と同じように考え、何か社会のために役立ちたい人々がたくさんいると信じる。 まずは古賀市から、そして同志を募り全国へ・・・我々は日本の大人としての義務を全うしたい。

総論

(1)まずは、塾生個々人の学寮句の判定をする。 
各人の学力の判定なく講義をすれば、学校の授業、進学塾のやり方と全く同じになる。 

(2)1人の講師で教える塾生は、6人を限度とする。 
6人迄の教室であれば、1人1人の学力を把握したうえで、全体講義、個別の課題提供、各人用練習問題の提出が可能と なる。 

(3)全ての教科を教えるにも日本語で教えることになる。従って国語力は全ての教科のベースである。 どの教科を教える時も、日本語理解と解説を行い、結果として国語能力の向上を図る。 

(4)明日の授業のための予習を必ず行う。 
予習だけが翌日からの授業を実り豊かにすることができる。 

(5)自宅で自習するための練習問題、宿題を与えて、自習の習慣をつけさせる。 

(6)中間考査、期末考査の1週間前から復習の仕方を教える。また、各教科テキストの出題可能性(重要度)について教える。 成績が芳しくない生徒の特徴は、どこが重要かわからいことである。